12年やった芸人を辞め、生バンドカラオケ「バンカラ梅田」の店長になった元芸人が経営者になって行くブログ。

バンカラという梅田にある生バンドカラオケのお店で店長をしています。元芸人でフラワーズオブロマンスというコンビで活動していました。司会業、結婚式二次会プロデュース業、エンターテイナー派遣業もしています。

漫才師からバンカラの店長になった経緯①

漫才師からバンカラの店長になった経緯をたまに聞かれるので書いて行きます!

 

大体の流れは

 

芸人の活動をしなくなってがむしゃらにバイトする。

ゲストハウス、民泊物件の運営会社で働く。

バンカラの店長なる。

 

といった流れです。

 

 

がむしゃらにバイトをしてた時期。

 

芸人の活動をしなくなってからは、深夜の駐車場のバイトしたり、派遣会社で働いたり、知り合いのたこ焼き屋さんを手伝ったり、ネットで見つけた民泊物件のセットアップのバイトをして生計を立てていました。

 

その頃は、寝る間も惜しんでバイトをしていました。

 

嫁と子供がいるからねw

 

一日三件くらい掛け持ちしてた。

 

なんやったら深夜の駐車場のバイトは基本的に待機所で待機していていいので、待機しながらクラウドソーシングのランサーズで文章書くバイトもすると言う、

 

バイト中にさらにバイトすると言う荒技もしてましたw

 

 

 

ベンチャーに入って見た。

 

そしてバイトの一つ、ネットで見つけた民泊物件のセットアップのバイトを2回目の時に、そこの会社の副社長に会う事がありました。

 

その会社は本社が東京にある社員数10人未満のベンチャー企業で、都内に約30件、関西に30件ほど民泊物件を運営している会社でした。

 

そこの副社長(ちょー美人な女副社長)と「関西に物件が増えているんだけど、管理する人がいないんです。」と言う話を聞き、

 

ベンチャーってひびきかっこいいやん。」と言うアホな感覚(その時はベンチャーって言葉の意味もわかってなかったw)

 

と、ちょー美人な副社長と仲良くなれるかも?と言う純度100パーの下心が働き、

 

「じゃあ僕がやります!!」

 

と言ってベンチャーに入る事になりましたw

 

なんかよく分かってないけど

 

「俺ベンチャーに入れるんだ♪」

 

とワクワクしてたのを思い出しますw

 

漫才師からバンカラの店長になった経緯②に続く