酒も飲めないし、飲食経験もないけれど生バンドカラオケ「バンカラ梅田」の店長になった元芸人のブログ。

バンカラという梅田にある生バンドカラオケのお店で店長をしています。一児のパパです。元芸人でフラワーズオブロマンスというコンビで活動していました。気が狂うくらい子煩悩。

赤ちゃんには「なんでこんな事できひんねん。」てイラつかないのに、ある一定以上成長するとイラつくのはなぜか?そしてそれは解決できるか?

周りの人間に対して、たまに「なんでこんな事もできひんねん。」と苛立ちを感じる事がある。

 

その感情を無くすことができないかなー。と考える。

 

その瞬間、自分の作業は止まるし、苛立ちが邪魔して適切な指導ができなくなるし無駄だからだ。

 

2歳の娘にはイラつかない。

 

ふと考えると2歳の娘に対して「なんでこんな事もできひんねん。」とは微塵も思わない。

 

むしろちっさな進歩に対して「こんな事もできるようになったんや!」と驚き喜ぶ。

 

娘に対する期待値が低くて、能力が期待値を上回るから驚き喜ぶ。

 

世間の親を見渡すと自分の子供に「なんであんたはこんな事もできないの!」と叱っている親をみかける。

 

だれしもが赤ちゃんにはそんな事を思わないはずなのに、どこかのタイミングで期待値を能力が下回り、「こんな事もできるようになったんや!」から「なんでこんな事もできないの!」に切り替わる瞬間があるんだろう。

 

自分もいつか娘に対して「なんでこんな事もできひんねん。」に切り替わる瞬間が来るのだろうか?

 

ずっと期待値を低く設定する事は不合理なのだろうか?

 

できればずっと「なんでこんな事もできひんねん。」とイラつかずにいたい。

 

その方が娘の成長は捗る気がする。

 

周りとの比較が「なんでこんな事できひんねん。」を生む。

 

なぜ期待値が高くなるかと考えたら、「周りと比べる」からだと思う。

 

これから娘と同世代を目にする事が増え、「あの家の子はあんな事できるのになんでうちの子は!」となってしまうんだと思う。

 

成長速度も能力も、他の子と一律な訳がないのに、他の子と比較して我が子を低く評価する。

 

そんな事は無意味なはずなのになぜそんな事をしてしまうのか。

 

仮説だけれど、「存在に感謝し続ければ他の子と比較しなくて済むのではないか?」と思う。

 

存在するだけで自分に貢献してくれているのだから、能力値は関係ない。

 

他人に対してはどうすればいいか?

 

娘や、嫁、家族に関しては、上のように考えれば「なんでこんな事もできひんねん。」と思わずに済みそう。

 

ただこれがスタッフ、取引先など「代替え可能」な存在の場合通用しないのかもしれない。

 

能力が劣っていれば、他の人材に変える事ができるから。

 

はなから能力値の高い人材を選べば済む話だ。

 

けれど僕はまだそんな無感情に切り替える事ができない。

 

それに切り替えた所ですぐにその能力以上の人が得れるかも難しい。

 

ならどうすればいいか。

 

その人にしかできない能力にフォーカスしてそこを最大限伸ばす。

 

その他の劣っている能力に関しては期待値を低くして「この子はこの分野に関してはそんなもんだ。でもこの分野に関してはずば抜けている。」という風に見る視点を変える。

 

で解決する?

 

賢い人教えて。